バルカンの旅から帰りました。**バルカン紛争/報道写真展のご案内入り** 

  • 2012.09.03 Monday
  • 02:49
バルカン半島、ドゥブロブニク、モスタル、サラエヴォへの旅から帰宅しましたので、
ご報告します。

          **バルカン紛争/報道写真展のご案内入り**


アドリア海の真珠と呼ばれるドゥブロブニクへ。(パリから飛行機で2時間)

到着したとたん、40度の真夏日 !!
フランスでは滅多に体験できない「汗だくだくの日々」。
くたくたになりながら、日本の猛暑を思い出す旅となりました。

透明な海に付き出した旧市街は、オレンジ色の瓦の建物で埋められています。


イタリアへの貿易港として、バルカン半島内陸部への入り口として、繁栄した独立共和国は、
城塞で守られていました。

オスマン帝国、ヴェネチア帝国の間で自己防衛しつつ、常に中立の立場をとる平和的国家であったといいます。


17世紀の大地震、1991年のユーゴスラビア崩壊に伴う紛争でセルビア・モンテネグロ勢力によって7ヶ月間包囲された間に大きな痛手をおったが、現在の旧市街は、ほぼ改修が終わり、世界中から観光客が訪れる、ユネスコ世界遺産の街になっています

1枚目の写真は、ラグーサ共和国時代、ナポレオンが作った砦のあるスルジ山より。砦の中にはバルカン戦争のマニアックな記念館が(多分、当事者が造ったからでしょう)。当時の報道映像なども見れました。
スルジ山へは旧市街から徒歩10分くらいのところから、ロープウェーで登れます。



バルカン戦争では1991年、ドゥブロブニクにもユーゴスラビア人民軍(JNA)が攻撃を開始され、その後包囲が7ヶ月間続いたとのこと。

旧市街にあるWar Photo Limited では、
1991〜1999年まで、バルカン紛争を撮り続けた
エマニュエル・オルティズEmmanuel ORTIZ の報道写真展/

BROKEN LIGHTS of yugoslavia
 

http://www.warphotoltd.com/?section=museum&page=2&item=1&exhibition=28

を2012年10月末まで開催中でした。(10時〜22時、5、10月は16時まで, 11〜4月閉館。 住所/ Antuninska 6 )


バルカン紛争を年次、地域事に追いながら理解し、人々の「生と死」、そして祈りが、写されたされたヒューマンな101枚の写真に大感動。
同ギャラリー発行の、カタログも販売してます。
101枚の中からセレクトされたもののみ、限定芸術プリント(サインいり)で販売中でした。





ドゥブロブニクから車で3時間弱で、モスタルへ到着。

ここはオスマン帝国支配下時代16世紀、ボスニア・ヘルツェゴビナ内陸部と海岸部を結ぶネレトヴァ川渓谷に、木製のものから美しい石橋が架け替えられ益々栄えた街です。

1993年11月、バルカン紛争時に砲撃を受け崩落しましたが、ユネスコなどの協力を受け復元されたスタリ・モスト(古橋)は平和のシンボルと言えるでしょう。

橋の手前の監視塔に WAR PHOTO EXHIBITION をしていて、1992年にモスタル入りしたウェイド・ゴッダーWade Goddardの報道写真を展示中です。
(9〜21時、10〜4月など気温によって冬期閉館)




当時のモスタル市民が自衛していた様子、人々の様子など感動の写真とともに、窓からの橋の眺めも楽しめました。彼の写真集なども販売しています。





切り出したままの厚いスレートを使った家にトルコ風の商店、地元の金属工芸職人の店や飲食店、スナック店がならび、中世時代のにぎやかな街を散策できた感あり。

古いモスクも貴族が住んだトルコ風建築物に加え、戦争の傷跡もまだまだありました。











モスタルからネレトヴァ川添いを車で約2時間半走り、サラエヴォへ。

サラエヴォは、モスタルよりさらに内陸にあるボスニア・ヘルツェゴビナの首都。
オーストリア=ハンガリー帝政下の19世紀の建物や文化(似ているお菓子もありました)からオリエンタルなバザールの雰囲気、さらに各宗教文化施設が楽しめる街です。

写真のバシュチャルシヤには16世紀から存在するアラブのスークのようなバザールで雑貨を物色し、モスケの陰のカフェで、バルカン・コーヒー(トルコと同じですが、店では"バルカン"と呼んでいました)など、いただけます。

1杯づつジェスベという手つきポットなど、このようにセットで供されるので、ひとつ付いてくるトルコ風お菓子、ロクームを戴きつつ、自分でおちょこのようなカップに、アワと
沈んでいるコーヒーをスプーンですくって入れてから、上澄みのコーヒーを注ぎ、戴きます。

ちょっと、お抹茶をいただく気分ですよね。

場所がら、ボスニアのムスリム、正教徒、カトリック教徒、ユダヤ人が同じ街に住み、それが独自のアイデンティティになっていたのに、バルカン戦争時、1992〜1996年まで続いたセルビア人勢力によるサラエヴォ包囲では、12000人以上が殺害され、50000人以上が負傷。ほとんどが市民だったとのこと。




これは、大公園にできたバルカン紛争で犠牲になったサラエヴォの子供たちへの慰霊碑。
噴水のふちに近寄ると、小さな手と足の跡がつけてあるのが水面下に見えます。
これは犠牲になった子の兄弟によってつけられた凹凸なのだそうです。合掌(涙)。

市内には廃墟のままの戦争の傷跡も目につきますが、街は夜中まで賑わっており、まぶしいほどの若い世代の姿が目に付きました。

この前を通るトラムが走る大通りが、当時のスナイパー通り。
当時、中継ニュースでみていたホリディ・イン・ホテルもここから数分のところにあります。


中心街の大聖堂すぐ横には、Gallery 11/07/95 が。
ここには、タレック・サマラTarik Samarah によるスレブレニツァの虐殺についての報道写真が展示されていました
8372人の罪の無いボスニア・ムスリム人の死を痛む写真が芸術的に展示され、その迫力に圧倒されました。
展示階まで昇るエレベーターの中には「貴方は証人です」の文字。まだ完全に終っていない「犯罪」について、奥の深さを知らされる気持ちになりました。

(10〜21時 、Trg fra Grge Martića 2/III, 71000 Sarajevo, BiH)
http://www.galerija110795.ba/

  /スレブレニツァの虐殺

ボスニアのセルビア人部隊は、ボスニア・ムスリム一般を象徴する存在であった、スレブレニツァに住む4万人のボスニア・ムスリムの絶滅を目標とした虐殺を1995年7月11日ごろから実行。全てのムスリムの男性捕虜から、軍人も民間人も、老いも若きも別なく、所持品や身分証明書を奪い、意図的かつ組織的に殺害した。/ウィキペディア参照



   これより詳しいバルカン旅行記は、将来執筆、発行する予定ですので、
            少々お待ちください。

    ここに紹介した報道写真展と報道写真家への
  ご連絡、交渉、詳細情報を
、日本語でご
希望の方は、
  このブログのコメント欄からお問い合わせください。
              (公表はされません)


--War Photo Limited
(ドゥブロブニク)のエマニュエル・オルティズ
 Emmanuel ORTIZ の報道写真展BROKEN LIGHTS of yugoslavia について、
 本人へのインタビューのコーディネイトおよび記事制作いたします。

 写真展のカタログおよびプリント購入、
 あるいはWar Photo Limited展示物レンタルの仲介いたします。

--WAR PHOTO EXHIBITION (モスタル) 
 ウェイド・ゴッダーWade Goddardのモスタル写真展、
 本人へのインタビューのコーディネイトおよび記事制作いたします。

--Gallery 11/07/95 (サラエヴォ)
 タレック・サマラTarik Samarahのスレブレニツァの虐殺報道写真展、
 本人へのインタビューのコーディネイトおよび記事制作いたします。

    


JUGEMテーマ:ヨーロッパ
 

今年91歳!ラ・ヴァッシュ・キ・リ (笑う牛)がフランス人の「My 1st Cheese」?

  • 2012.03.02 Friday
  • 02:22




   日本で“Laughing Cow®(ラフィングカウ)”として販売されている、「笑う牛」チーズの出身地はフランスです。 フランスの成人の96 % (調査= Ipsos) 、子供は 93 % (調査= Junior City) というほぼ完璧な知名度を誇る工業製品です。


    19世紀末、ベル社の創立者であるジュール・ベル氏がアルプス山脈の西ジュラ県内、コンテなどのチーズが生産される村に旧修道院を購入。 石作りのヴォールト建築はチーズを熟成されるのに最適でしたし、チーズ製造事業の家族企業は成功の道を歩んでいきました。

   




  事業を引き継いだ息子のレオン・ベルは1921年、“La vache qui rit® / ラ・ヴァッシュ・キ・リ (笑う牛)”の名前でブランド登録をし、これが「笑う牛」の誕生日、4月16日。以来、ロンス・ル・ソニエ村のチーズ工場で生産され、今ではアメリカからイギリス、オーストラリア、アフリカ、そして日本等々、5大陸90カ国以上で毎日1,000万個売れている大ヒット商品です。“ラ・ヴァッシュ・キ・リ (笑う牛)”以外の20のマークのプロセス・チーズを合計すると毎日50トンの生産量だそうです。

  この会社のレシピは、もちろん企業秘密とのことですが、スイス国境に近いため、地元のエメンタール・チーズ、ゴーダチーズ、チェダーチーズを溶かしてつくるのだそう。カルシウムも豊富、程よい堅さの8ポーションが丸い箱に収まっています。(8,12,16,24個いりなど有り) この銀紙に包まれたタイプのMade in Japan では雪印乳業の6Pチーズがありましたね。

  この子供も大好きなスプレッド・チーズは、この会社のデザイン戦略ともいえるキャラクター「笑う牛」で、インパクト大。

  初代の“La vache qui rit(笑う牛)”は、現在のように赤でもなくイヤリングも装着してなかったのですが、動物をモチーフにするのが得意なフランスの有名なイラストレーターBenjamin Rabier(ベンジャミン・ラビエ:1864〜1939)が1924年に牛の笑い顔を描き出してから、その表情も、より個性的になっていきます。 愛嬌のあるキャラをあしらった、沢山のグッズもあり、地元には博物館「笑う牛の家」もあります。

  近年は、コマーシャルのアニメーションも3Dで制作され、フェイスブックのファンは60万人を超えました。(2012年3月1日現在)

  2011年に68万人を動員した、今年のパリ農業国際見本市(3月4日まで開催中)にも登場し、 フランス人らしいジョークを炸裂させてました>>>>
 
     ----フランス大統領選に立候補候補-----   なのだそうです。

   農業国フランスで、初のキャラクター大統領、なるか????

  JUGEMテーマ:ヨーロッパ

ノルマンディの村で、ハンドボール日本代表女子チームを応援してきました!

  • 2011.08.13 Saturday
  • 22:41
驚きました!

ハンドボール日本代表女子チームが、隣の村コンシュ・アン・ウーシュの体育館に
練習試合しに来るなんて!

しかも、
入場料の2ユーロは、日本の被災者への募金になるとのこと。

フランス人の旦那さんを持つ日本人女性の友人が遊びに来たので、
一緒に応援に行きました。


 




ここでのイベントは、世界大会に向けた練習試合のようで、ノルマンディ地方ル・アーブルのチームがイニシアティブをとっていました。

観客は、たくましいスポーツウーマンたちと、地元の老若男女で、200人弱いたような気がします。

この日はイッシー(パリ郊外)+パリのLFHチーム


との試合でしたが、身長も体つきも日本の選手とは全く違うタイプの彼女たち(185cmほどでしょうか)に、日本の選手たちは、スピードと確かなパスで、連携力の強さを見せつけてました。



シューーーート!

結果
44対29で、
日本チームが勝ち勝ちました!

気分、すっきりです!





国際的に強くなるために、沢山の戦略(と体型?)タイプのチームと試合してみる必要があるのでしょうね。

それにしても、大勢で旅行と移動、試合、とお疲れさまです。
次回は9月に来パリすると監督さんがおっしゃってました。
(旅の途中で個人的な時間もとれるとよいですが・・・)

この会場で集まった800ユーロ強は、日本チームに被災者へ渡してもらうことになっている、と伺っています。どの団体にわたるのでしょうね?

以下、ハンドボール協会のサイトで試合のレポートをどうぞ。
http://www.handball.jp/national/2011/w_tr4results.htm#0812


寛平アースマラソン、ガン治療中に負けず,再スタート!!がんばれ!

  • 2010.06.20 Sunday
  • 17:13
 前立腺がん治療のため「世界一周アースマラソン」を中断していた間寛平さんが、65日前に中断した地点、トルクメニスタンのセラートに到着し、日本時間19日再び走りだした。「無理せんように」と以前に比べて時速2キロ減の同6・5キロのペースにするという。   サンフランシスコに渡るまで既に3万2512キロを走った60歳の彼。放射線治療をすませたがん患者が1日20〜30キロも走るのだ。  まず、彼のチャレンジ精神、「プロジェクトに対するプロ根性」に、心から拍手とエールを送りたい。出発地の日本へのゴールは2011年年始から春の予定。  彼がフランスに着く前に、このプロジェクトのスタッフに、連絡を強く要求したにも関わらず無視され、気分を害してフォローをしていなかったが、「成功しなかったら、報道されたくないから」という気持ちがあったのかも…。こういった裏話に関係なく、個人的にがんばって欲しいという気持ちには変わりは無いので、こうしてブログにさせていただきました。


ノルマンディで、洗礼ドライブスルー!!

  • 2009.09.02 Wednesday
  • 22:12
JUGEMテーマ:ヨーロッパ


 7月26日に、ノルマンディにある小さな村、サン・クリストフ・ル・ジャジョレ Saint Christophe Le Jajoletで、旅行者の守護聖人であるサン・クリストフ教会による車への”洗礼”があると聞いて,私たちの所属する2CV愛好会の皆に誘われて行ってまいりました。


聖クリストフ像(塔?)が教会の横にありました。聖書に書かれているように、「子供だったキリストを肩に乗せ,荒々しく流れる川を渡る」姿、…ですね。


教会は19世紀築で、ノルマンディによくある”ひっくりかえしたフナ底”型天井。入り口には、ほぼ”アールデコ”なポップなフレスコがありました!モチーフは「飛行機とパイロット」と「レーシングカーとパイロット」というモダンぶり。



今日は特別な『洗礼ドライブスルー』ミサなので教会に入らず、屋外に特設祭壇が。その横の農業用地(何も栽培されていない…)が仮設駐車場になっており、数百台が集まってきました。ベンチでミサを聞いた人たちはそのドライバーでしょう。




スタッフに誘導され、大駐車場から列を作って祭壇の前を車に乗ったまま”スルー”していきます。その際牧師様が次々に車を洗礼してくださいました。

 これで、
私たちの車はクリスチャンになった、のかしら?乗ってた人が洗礼されてないけど、…きっと聖クリストフは、私たちの交通安全を守ってくれることでしょう。





忘れられないクールな”あいつ”…

  • 2009.02.16 Monday
  • 02:52

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